2015年3月7日土曜日

戦争反対を唱えるなら、軍事的にも経済的にも強くなければならない


戦争とは何か。

さて、戦争というと、恐らく多くの人が戦争反対という意見を述べると思いますが、私はある日ふと思いました。
『なんで?』
幼少期の頃から、戦争は駄目だという教育を受けてきました。被爆者や空襲で滅茶苦茶になった街や家族などを例として、戦争の悲惨さを何度も聞かされました。そして、子供だった私も『あー戦争って何となく駄目だな』っと思ったわけです。
しかし、冷静に考えてみると、聞かされた戦争悲惨話の殆どは日本が負けていたから起きていた話ばかりなのです。
代表的な戦争悲惨話として、度重なる空襲や原爆で街がむちゃくちゃになったという話があります。実際にその被害を受けた祖母の話を聞いてると、とてつもなく恐ろしい事だというのは分かります。しかし、仮に日本が海外より優勢な状態(自国を守る戦力がある状態)であればそのようなことは起こらなかったはずです。そのため、戦争を知らない世代にこの話をしても、『戦争の悲惨さ』ではなく『戦争に負けることの悲惨さ』を教えるだけになり、コレだけでは戦争反対という考えの根拠にはなりえないのです。勝ってしまえば良いわけですから。さて、改めて戦争とは何か考えてみましょう。戦争というのは、国と国の間の対立状況を表す言葉であり、勝者と敗者がいるのが普通だと思います。実際今起きている世界の戦争を見ていても、一方の国がもう一方の国をボコスカにしているという勝者敗者構図ができているように思います(お互いに睨み合ってジリジリ戦争状態が続く最悪な場合もありますが)。そのため、どちらかの国が『戦争に負ける悲惨さ』を感じていることとなります。すると敗者国の悲惨な状況を勝者国が作り出していることになるため、戦争勝者側も戦争反対という考えを持つ十分な根拠になり得るでしょう。
しかし。
もし勝者国が貧困に苦しんでいたらどうなるでしょう。人間も動物ですから他人の命よりも自分の命の方が優先度が高いものです。生命の危機を感じているときに、他国の人間が悲惨な状況になっていることに気を使う余裕などないでしょう。つまり、戦争反対という考えを本気で実現したいなら先ずは自国が貧困にならないように、切磋琢磨するべきなのです。自国に余裕があれば他国に理不尽な侵略をするながれになったとしても、相手の国が悲惨になるという罪の意識から、すんでのところで留まるはずです。また、豊かな国力を持つことで他国から何かを奪わずとも生きていくことができ、戦争を行う理由がなくなるからです。
また、戦争反対という意見と共に、自国の軍事力は零であるべきという考えをかなりの頻度で見ますが、この状態はむしろ戦争を助長すると思います。
確かに自国に軍事力がなければ、他国を攻めることはなくなるかもしれません。しかし、何の抵抗力(軍事力)もない状態でいることは攻めてくださいと言っているようなものです。他国の侵略を許すことになれば、そこから第三国の介入が始まり戦争となる可能性は十分にあります。戦争が起きないようにするための抑止力をある程度もったうえで、その抑止力を行使せずにすむことが最も理想的な状態であると思います。



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